アオアシ20巻、非常に良かった。
特に、平引退のくだり。
多くのサッカー経験者の気持ちを、平が代弁してくれた。
「俺は結局、そこまでサッカーを愛せなかった」「子供のころ、あれほど楽しかったサッカー。それが、プロになるという夢を持ったとたん、恐怖の対象となった」「ミスが怖く、いつまでも成長できない自分がみじめで、試合を楽しむ余裕なんてない。いつも試験のように感じていた」「とにかくボールが怖かった」「サッカーの才能は、技術があるとか身体能力があるとか、そういうことじゃない。どれだけサッカーを愛せるか…だった」
まさしくこのセリフ、技術のレベルの差はあれど、サッカー経験者が誰しもが思っていることだよね。
サッカーを愛せるか、というのはつまり、どれだけ真摯にサッカーと向き合える覚悟があるか。
プロになれなかったり、またその夢を諦めたりする選手というのは、その覚悟が足りなかったということなんだ。
平のセリフを自分自身に置き換えてみると、「子供のころ、あれほど楽しかったサッカー」というのは、小学校までの遊びのサッカーで、「プロになるという夢を持ったとたん、恐怖の対象になった」というのは中学校から大学までかな。
私はプロを目指していたわけじゃないけど。
小学校のサッカーと言うのは、特段目標というものもなかったし、小学校の部活動の練習も、厳しいものではなかった。
試合も勝てれば良いけど、負けてもしょうがないという雰囲気だったので、特段辛いと思ったことはなかった。
それが中学校以降になると、明確に目標というものが定められ、それに向かって努力する、つまりサッカーに対して真剣になる必要がある。
私の母校は別にスポーツ強豪校でもなんでもなかったし、プロを目指していたわけではなかったから、例えば「都大会に出場する」「西が丘にいく(=都大会ベスト4以上)」「関東大学サッカーリーグに昇格する」とか、あくまでその部活動レベルでの目標だったけど。
だけど、目標が定められた以上は、逆算して毎日の厳しい練習だとか、走り込みというキツい練習だとか、土日の練習試合だとか、そういったものに追われる日々が待ち受ける。
私も試合ではボールが本当に怖かったよ。
元々身体能力でサッカーやっていた人間だったものだから、ボールの扱いは本当に不得手で、ボールは早く誰かに渡したかったし。
センターバックだったから、ひとつのミスが失点に直結するし。
もちろん、サッカーが好きだったから、続けてこられたというのはあると思うんだけど、それとサッカーを「愛する」というのは、決定的に違うと思う。
それが先述した、サッカーと真摯に向き合えるかどうか、ということかな。
だから平も寮を去る時に、プロサッカー選手になるという夢を諦めるという選択をしたことで、あれほど大好きだったサッカーから身を引かなければならず、涙していたんだろう。
こういう、人間臭いキャラクター、私は大好きだよ。
漫画では、それこそフィクションの世界だから、日常とはかけ離れた描写もされるし、そこにロマンを感じる部分はもちろんある。
けれど私は、日常に近いキャラクターが好きだ。
多分、過去のどっかの記事でも書いたような気がするけど。
ワンピースのウソップとか、ドラゴンボールのクリリンとか、スラムダンクの三井とか。
だから、もう今後は出てこないかもしれないけど、この中村平というキャラクター、私は大好きだな。
あとは平以外の物語も良かったね。
葦人はようやく自分の過ちに気づき、花とも仲直りした。
読者も、葦人がこのまま誰の助けもいらないという考え方に突っ走っていくのは望んでなかったと思うしね。
そして阿久津はまさかの主将。
相変わらず葦人を呼び出して粛清(?)しようとしてたけどね…笑
次巻はエスペリオンと青森星蘭の首位攻防戦かな。
船橋戦後、葦人はベンチ外が続いているようだけど、きっと青森星蘭との試合ではスタメンか途中出場かで試合に絡ませてくるのではないかな。
次巻発売の7月末頃が待ち遠しい。