和製コルドバが追いかける、赤き血のイレブン達。

浦和レッズと読了書籍についてマイペースに綴ってまいります。

【書籍レビュー】【ネタバレ有】「言い回しの巧みさ」アクロイド殺し

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とある掲示板で、映像化できない、と書いてあるのを見て興味を持った。

 

ミステリー小説というと、特段映像化できないというイメージはないし、いつだったかは、同著者のオリエント急行の殺人が映像化されていたのを記憶しているし。

 

多分、それ以外にも、多くの作品が映像化されていることだろう。

 

にもかかわらず、本著が映像化できないのはどういうことなのか。

 

さっそく読んでみた。

 

確かに…映像化は難しそう。

 

ぶっちゃけいうと、以前読んだ「悪意」のような感じ。

 

つまり、犯人=語り手(シェパード医師)っていうこと。

 

現在ではそういう作品もよくあるだろうけど、当時は斬新な手法だったということで、世間に様々な論争を巻き起こしたんだとか。

 

 ↓「悪意」の記事はコチラ↓

www.zeniya47.tokyo

 

確かにそのままの視点で映像化してしまうと、速攻で犯人が誰か分かっちゃう、ってことだね。

 

ただ、あくまでそれは犯人は最後まで分からずに、探偵なりがその犯人を推理して突き止める、という話の道筋を展開するということであればの話であればの気もする。

 

「古畑任三郎方式」、いわゆる最初から犯人が分かっていて、それを探偵どのようにして追い詰めていくか、という方式であればやれないこともないかな?

 

ただその場合だと、この作品の語り手が探偵(ポアロ)しかいないということになる。

 

それだとちょっと魅力が半減してしまうかな。

 

ポアロはよく、真意の分からない質問や行動をとっている。

 

それは一見本当に意味のないものであり、実際に意味のない質問であったり行動であったりすることもある。

 

だけど、最終的に犯人を追い詰めるときになって、「あの質問やこの行動には、そんな意味があったのか!」と驚きに繋がっていることが多い。

 

ポアロが何をしているのか断片的にしかわからない方が、読者としては、この質問や行動にはどんな意味があるのだろう?と推理することに繋がるから、面白い。

 

さて、冒頭にも記載したとおり、本作の犯人は語り手であり、アクロイド氏の遺体の第一発見者でもあるシェパード医師。

 

最終盤まで、それは分からなかった。

 

推理ものよろしく、容疑者全員を集めてポアロが推理を披露するんだけど、その場では真犯人は明かさない。

 

容疑者全員を帰して、ポアロとシェパード医師が2人きりになったところで、ようやくこの人が犯人なんだなーと分かった。

 

それにしても、序盤でシェパード医師はアクロイド氏を殺害しているけれど、それは巧みに隠されている。

 

特に殺害のキーポイントとなった「ディクタフォン」を、シェパード医師が現場に駆けつけた際に回収し、それを隠すために動かしていた椅子を元の場所に戻しているけど、そこは「やるべきことはほとんどなかったが、わたしはそれをすませた」という言葉で隠されている。

 

最初に読んだときは、「何をやったんだろう?」と疑問には思ったけど、医師が殺人現場ですることと言われれば、検死をしたのだろうと思ったし、読んでいるときはそこまでは気にしないで読み進めてしまうものだからね。

 

また、その少し前には彼を殺害しているが、その部分においても、もちろん直接的な表現はせず、部屋を去る際に「振り返って、やり残したことがないだろうかと考えた」という言葉で綴られている。

 

これも、後々から考えると、殺害現場から去る際に、自分が罪から逃れるために考案したトリックについて、やり残したことがないだろうか、という意味だったと分かる。

 

ほのめかしつつも、重要なところはしっかりと隠している、絶妙な言い回しこそ、この作品のキモですな。

 

最後はシェパード医師が自殺をほのめかして幕を閉じるから、少し切ないけどね。

 

それにしても、映像化は困難と言われていながら、本の帯に書いてある様に、映像化されている模様笑

 

気になるから観てみたいなぁ。