基本情報
- タイトル:ノースライト
- 発行日:2021年12月1日
- 出版社:新潮文庫
- 著者:横山 秀夫
主な登場人物
- 青瀬 稔: 岡島設計事務所に勤務する一級建築士。45歳。バツイチ。信濃追分のY邸を設計したことで有名になるが、Y邸の建築を依頼した吉野夫妻が居住の形跡もなく行方不明になっていることに不審を抱き、真相追究のため動き始める。
- 青瀬 ゆかり:稔の元妻。旧姓は村上。インテリアプランナー。娘の日向子と住んでいる。困っている人を見ると放っておけない性格。
- 青瀬日向子:稔とゆかりの娘。中学1年生。稔とは定期的に面会している。稔とゆかりが復縁することを願っている節がある。二人の着メロはサザエさん。
- 岡嶋 昭彦:岡島設計事務所所長。45歳。青瀬とは同じ大学の建築学科で同級生だった仲。S市の藤宮春子メモワールの設計のコンペ候補に選ばれるため無理をしたことで、ストレスを溜めてしまい入院。入院先で窓から落下して事故死してしまう。息子の一創は実子ではないが、深い愛情を注いでいる。
- 石巻 豊:岡島設計事務所勤務。38歳。妻と4人の子供を養う。バリアフリーの住宅設計が得意。元は大手ゼネコンの設計部にいた。
- 竹内 健吾:岡島設計事務所最若手。ローコスト住宅造りに並々ならぬ意欲を燃やしている。マユミに好意を持っている模様。
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津村 マユミ:岡島設計事務所経理。32歳。バツイチ。勇馬という名の3歳の息子がいる。昔はヤンキーだったらしい。岡嶋に気があるそぶりを見せる。
- 吉野 陶太:青瀬にY邸の設計を依頼するも、Y邸に居住した形跡なく忽然と姿を消す。実は幼少期に彼の父が青瀬の父を殺害してしまったという事実があり、父が殺害してしまった相手の息子である青瀬に、罪滅ぼしをしようと考えていた。
- 吉野 香里江:陶太と協力し、青瀬にY邸の設計を依頼する。青瀬に対しては陶太の妻として振る舞っていたが、実態は兄妹。
- 吉野 伊佐久:陶太の父。ある日、青瀬の父を謝って殺害してしまう。建築家のブルーノ・タウトに師事した経験がある。
すごく簡潔な起承転結
- 起:青瀬は岡嶋と共にY邸を訪問。そこで依頼主の吉野夫妻が失踪していることが判明する。
- 承:岡嶋設計事務所が藤宮春子メモワール設計のコンペ参加が決定。だが同時に、岡嶋に新聞社から不祥事に関する追及の手が伸びる。
- 転:岡嶋が入院先の病院で窓から転落して事故死。青瀬が岡嶋設計事務所の面々を焚きつけてコンペ復帰への道筋を示す。
- 結:青瀬は吉野兄妹と邂逅し、Y邸は吉野兄妹・ゆかりによる罪滅ぼしのための依頼であることを突き止める。
だらだら感想
ミステリー小説なのに読了後の清涼感がたまらない
ミステリー小説とは一味違った面白さ。
明確に誰かが殺害されたとか、死亡したという描写は当初全くない。
最終的に青瀬の父は殺害されたということは判明するものの、衝動的な激情による事故死に近い。
計画的であったり、明確な動機があったり、というサスペンス的な要素はないと言っていい。
吉野兄妹も、当初は一家蒸発という言葉が独り歩きするためか、殺害や誘拐という可能性も読者側に考えさせられる伏線があるが、真相は青瀬に対する罪滅ぼしという目的を悟られないようにするための策である。
Y邸に関しても、吉野兄妹の罪滅ぼしに加え、元妻であるゆかりの想いが多分に含まれている。
過去に青瀬が建てたい家について語った時、ゆかりはそれをとりつく島もなく否定した。
それ以降、家を建てる話は鳴りをひそめ、結果的に夫婦の仲も微妙にすれ違っていった。
吉野兄弟がゆかりに罪滅ぼしの話を持ちかけ、それにゆかりも協力したのが、Y邸の設計。
「あなたが住みたい家を設計してください」という言葉は、ゆかりからの罪滅ぼしの言葉に他ならない。
2つの罪滅ぼしの意思が共鳴し、今回の事件を引き起こした。
本作が他のミステリー小説と一線を画するのは、トリックがすごいとか、伏線回収がすごいとか、そういうことではない。
上記の通り、悪意というものが存在しないため、読了後の清涼感がとても強いということに尽きると思う。
殺人事件をスパッと探偵役が解決するというような、カタルシスのある小説とは異なる、読み終わった時にすっきり、そして少しほっこりとするような感覚だった。
男同士の友情に端を発するビジネス小説のような熱さ
本作には一種のビジネス小説のような、読者を熱くさせるような展開もある。
藤宮春子メモワールの設計コンペに参加することが決まり、モチベーションを上げる岡島設計事務所の面々。
だが岡嶋の不祥事が明るみとなり、コンペの話は雲散霧消が既定路線に。
それに追い打ちをかけるように岡嶋が事故死してしまい、事務所の結束もバラバラになりかける。
しかし岡嶋の死後、青瀬が陣頭指揮をとり、事務所の面々を焚きつけて岡嶋の遺志を反映させた設計案を作る。
それを、コンペで競合するはずの相手だったかつての同僚である能勢に提供し、採用の検討にこぎつける、という展開。
岡嶋の死によってもたらされたマイナスの影響を、最終的にプラスの力に変えたのは、岡嶋と青瀬の腐れ縁とも言える友情に他ならない。
彼らは別に、仲良しこよしという関係ではない。
同い年でかつては大学の同期だったが、今では雇用する側(岡嶋)とされる側(青瀬)という微妙な関係。
また、岡嶋は青瀬が設計したY邸が雑誌で特集されたことで、様々な想いを抱えていた。
だが、岡嶋はバブルの煽りを受けてもがき苦しんでいた青瀬に救いの手を差し伸べ、青瀬もそれに大恩を感じていた。
青瀬は岡島の死に直面した際、嗚咽を止めることができなかった。
45歳の男同士の、年齢に似合わない青臭い友情が、一発逆転へのガソリンとなっていった展開は胸にくるものがある。
血縁は最重要事項ではない
岡嶋の息子の一創は、彼の実子ではない。
だが、岡嶋は無類の愛情を注いでいた。
昔流行った「そして父になる」という映画がある。福山雅治主演の、自身の子供が、病院の悪意により入れ替えられた他人の子供ということがわかり、苦闘する男性を描いた映画。
それに似ている。
血が違えたとしても、共有した時間が大切である。生まれた時から、今ここに至るまで、成長の過程を見守ってきた。
それは何者にも代え難い、自分の息子だけの宝物である。だから、その愛情は変わらないのだと思う。