和製コルドバが追いかける、赤き血のイレブン達。

浦和レッズと読了書籍についてマイペースに綴ってまいります。

【新加入選手考察】関根貴大選手の復帰

先日行われたJリーグの大分戦は非常に残念な結果に終わりました。

完敗だったので試合レビューを書くつもりはありません。

浦和についてはあまり書きどころがないと思いましたので笑

 

さて先日、ドイツのインゴルシュタット、またベルギーのシントトロイデンでプレーした関根貴大選手の復帰が発表されました。

 

今回の復帰、見方は色々あるでしょうが、勝手を承知で言わせてもらえば、私は残念な気持ちでいました。

関根選手には原口元気選手(現ハノーファー)のように、海外でも実績を築いて暫くは戻って来ないでほしいと思っていました。

 

それは2つの理由があり、関根選手の活躍を願う気持ちと、浦和の長期的な発展になると考えていたからです。

2つ目はどういうことかと申し上げると、前回の武田英寿選手の記事にも記載したのですが、浦和には高卒選手の入団が最近非常に少ないです。

 

↓武田選手の記事はこちら↓

www.zeniya47.tokyo 

関根選手の活躍が浦和の育成実績になり、育成にも一定の評価が得られるでしょうし、それによって今後、有望な若手選手が入団する可能性が高まるのではないかと考えていましたゆえ。

 

ただ勿論、浦和の戦力面で考えれば、大きな戦力アップであることは間違いありません。

 

関根選手と言えば、なんといってもドリブルです。

これまでの試合レビューでも書いてきた通り、浦和にはドリブルの要素が圧倒的に足りていません。

ドリブルポイントのチーム最高点が途中出場のマルティノス選手という現象がしばしば見受けられるほどでしたから。

ここでJリーグでの活躍実績を持つ関根選手を補強できたことは、浦和にとって攻撃の停滞感打破に繋がるでしょう。

 

 ■関根選手の足取り

 

少し、彼についての記憶を語ります。

移籍前の浦和ではルーキーイヤーから主にサイドアタッカーとして起用され、対面選手をそのドリブルできりきり舞いにさせていたことは記憶に新しいところでしょう。

そのプレースタイルから、浦和サポーターは彼がボールを持つとにわかに沸き立つようになりました。

それはスタジアムにいるとよりリアルに体感でき、とても興奮したのを覚えています。

彼がルーキーイヤーにプロ初ゴールを決めたセレッソ大阪戦、私は埼スタまで観戦に行っていました。

なお、決してディエゴ・フォルラン選手目当てではありません笑

彼がボールを持つと、スタジアム全体が「仕掛けろ関根!」とでも言いたげにテンションが上がるを鮮明に覚えていますね。

彼もそのサポーターの期待に応え、ガンガンドリブルで仕掛けていましたし、またそれだけではなく正確なクロスからのアシストや、時にはカットインからのシュートなど、順調に成長していきました。

また、近年移籍選手がスタメンを固めていく中で、彼が浦和レッズユース出身であり、数少ない生え抜き選手であったこと(当時のスタメンでは左サイドの宇賀神選手もそうでしたが)も、サポーターから愛されていた理由でした。

 

そんな活躍がブンデスリーガ2部のインゴルシュタットの目に留まり、晴れて海外移籍となりました。

彼ほどの選手が2部なのか、と当時思った記憶がありますが、2部からステップアップする、というのは海外に限らずJリーグでもよくある話です。

 

「半端ない」大迫選手(現ブレーメン)もドイツでは最初2部からのスタートだったと記憶していますし、まずは出場機会を確保できるところから始めて、自身の市場価値を高めてステップアップするという青写真を描いていたとしても何ら不思議ではありません。

 

しかし、海外に渡ってからの関根選手は、思うように活躍できませんでした。

海外移籍後の彼の苦悩については、こちらの記事に詳しく書いてありますので、ぜひご覧ください。

number.bunshun.jp

関根選手自身もTwitterで拡散してましたね。

 

記事を読む限りでは、怪我の繰り返しという不運ももちろんあったと思います。

ただ、彼もまだまだ若かったということで、特にメンタルコントロールができていなかったように思います。

私はこれまで著名な日本人サッカー選手の書籍を何冊か読んできました。

長谷部誠選手(現フランクフルト)・長友佑都選手(現ガラタサライ)・川島永嗣選手(現RCストラスブール)などの書籍を拝読した限りでは、メンタルコントロールに長けている、もしくは成長の過程で会得した、という印象を受けました。

関根選手は、そこでうまく自分と向き合えなかったことで、負のスパイラルにハマってしまったようです。

 

また、記事を読む限りでは、不得手なポジションで起用された際には、監督に直談判に行き、自分のポジションではないと訴えたそうです。

良くも悪くも、あまり日本人らしくないですよね。

私は好きですが…そのタイミングがいささかよくなかったのでしょう。

信頼を得られていない、また信頼関係が築けていない中で主張すれば、エゴともとらえられかねません。

結果的に出場機会は全く得られなかったということですので。

 

ただ、インゴルシュタットから移籍したシントトロイデンでの終盤戦においては、そのメンタルコントロールも身につけ、海外での初ゴールも決めました。

当時のゴールはTwitterにも多く拡散されてましたので、私も彼の海外サッカーがようやくスタートしたのだととても嬉しかったと記憶しています。

 

シントトロイデンでの活躍が遅すぎたのもあり、インゴルシュタットに戻ることになりましたが、インゴルシュタットは3部降格となっておりました。

ドイツ3部リーグのレベルは定かではありませんが、ドイツ3部でプレーする位であれば、浦和へ復帰し、活躍して自身の市場価値を高めるべきであると考えたのかもしれませんね。

 

■再度夢見る海外移籍

 

先述の記事の締めくくりにもある様に、彼自身はまだまだ挑戦していきたいという姿勢を貫いていますし、浦和で活躍して、再び海外サッカーへの道を進みたいと考えているようです。

 

そのためには、また浦和レッズで活躍、いや大活躍する位の成績を残す必要があります。

海外移籍を経て、強くなった関根選手であれば、またきっと私達を沸かせてくれることでしょう。

 

そして、記事を書きながら改めて思い知る、監督が代わっても起用され続ける原口元気選手の偉大さでした。

彼もその内自伝を出してほしいですねー。