和製コルドバが追いかける、赤き血のイレブン達。

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【書籍レビュー】【ネタバレ有】「まさにそれの塊」悪意

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会社の同僚から教えてもらったシリーズ。

 

普段は読書はしないそうだけど、その同僚の方が高校生の頃に読破して印象に残っていたということで。

 

いやーこれも面白かった。

 

面白い小説に出会うには、誰かから教えてもらうのが一番かもしれない。

 

小説って中学高校大学とほっとんど読まなかったけれども、何だかもったいないことをした気分。

 

子供達には是非とも自分の読書する姿勢を見せつけて、見習わせたいもの。

 

さて、本書は個人的に「古畑任三郎方式」と呼んでいる。

 

ミステリー作品において、最初から犯人がわかっており、その犯行トリックや動機等を後から追及解明しようとするものを個人的にこう呼んでいる。

 

人気作家の日高が被害者であり、犯人はその友人の野々口修。

 

割と早い段階で野々口は警察の加賀に逮捕されるが、動機について頑なに口を割ろうとしない。

 

加賀による捜査や聞き込み、そして推理によって、野々口の驚愕の動機がラストに判明するというもの。

 

この書籍では、全員が野々口の「悪意」に翻弄されることになること必至。

 

そのトラップは、物語の冒頭部分から仕掛けられているから。

 

本書は「野々口修の視点」と「加賀恭一の視点」で展開されていくことになる。

 

加賀恭一の視点は勿論、読者同様事件の本質を解き明かすことなので、そのパートについてはそのまま鵜呑みにして読み、犯人の動機に思考を巡らせて問題ない。

 

だが、野々口修の視点はイコール犯人の視点。

 

そこに、彼の「悪意」が散りばめられているということだった。

 

彼の動機は、被害者日高を殺害すること、更にそれに加えて、その人間性をも貶めることにあった。

 

そのために、あたかも彼が猫を殺したかのように描写したり、自分がゴーストライターの被害者であったと偽ったり、彼の前妻とあたかも関係があったかのように振る舞ったりした。

 

そしてそれは、彼の犯行後の独白(手記)というものから判明するものであるため、読者としてはあたかもそれが真実のものだと誤認してしまう。

 

しかし実際は、それすらも犯人によってこちらをミスリードさせるための緻密な計画にのっとったもの。

 

最終的にはその計画性に感服させられるとともに、彼らに対する印象が読み始めた時と180°変わる。

 

当初は、犯人の野々口は、友人の日高のおかげで最近は仕事に恵まれるようにもなってきた、ごく一般的な子供向けの小説家。

 

対して日高は売れっ子小説家ということもあり、豪華な自宅に住まい、拠点をカナダのバンクーバーに移すことが決まっている。

 

一方で発表した小説のことで過去の友人の親族と揉めていたり(これは事実だけど)、猫の被害に悩まされていたがためにその猫を殺すという、残虐性のある人間性という印象。

 

そして犯行後の中盤頃には、野々口は日高からゴーストライターとして扱われ、逆に彼が被害者であったかのようなストーリーを作り上げたことから、「残虐非道な日高」と「気弱な被害者野々口」という人間性が構成される。

 

だが正に、そのように誤認させることがこの犯人、野々口修の狙い。

 

実際は全くの逆。

 

最後には「正義感の強い日高」と「人間性最悪の野々口」という構図になっていることでしょう笑

 

この書籍のタイトル、「悪意」は、全て野々口のそれであると言っていい。

 

彼の悪意が全ての始まりだから。

 

彼の犯行動機は、過去の悪行が表に出るのを恐れたことと、日高に対する嫉妬、この2点になる。

 

過去の悪行はともかく、日高に対しては、どうあがいても越えられない彼のスペックや人間性というものに対し、単純に言えば気に入らないから殺したということになる。

 

そしてそれを悟られないために、綿密に工作を施し、一時は警察の目を欺きかけた。

 

いったいどれほどの悪意だったんだろうかと最早敬服する。

 

一方で最終的にその真意を加賀に暴かれたときの彼の心境はどのようなものだったのだろう。

 

そうまでして隠したかった真意を見とおされ、どれほど惨めな気持ちになったのだろうか。

 

恐らくは、手術がうまくいかず、そのまま一刻も早くこの世を去りたいと願うのだろう。